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浦和地方裁判所 平成5年(ワ)231号 判決

原告

市川章次

ほか一名

被告

冨田高生

ほか二名

主文

一  被告らは各自原告らに対しそれぞれ三二八万五五四六円及びこれに対する平成四年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告らに対しそれぞれ一七一〇万八九六八円及びこれに対する平成四年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

平成四年八月二八日午後〇時一五分ころ、埼玉県熊谷市大字佐谷田一九一八番地四の信号機のない交差点において、西方の同県深谷市方面から東方の同県行田市方面へ向つて進行中の被告冨田高生(以下「被告高生」という。)運転の軽二輪車(一熊谷い七七六、以下「被告車」という。)と南方の国道一七号線方面から北方の同県熊谷市問屋町方面へ向つて進行中の訴外市川佳利(以下「佳利」という。)運転の原動機付自転車(以下「原告車」という。)が出合頭に衝突し、その結果、佳利は同日午後三時五七分ころ、熊谷外科病院において、外傷性腹腔内出血により死亡した(以下、これを「本件事故」という。)。

2  被告らの責任

(一) 被告高生は被告車の所有者であり、自己のためにこれを運行の用に供していた者であるから、本件事故のために生じた人的損害を賠償すべきである。

また、本件事故は、被告高生が交差点の手前で徐行し、又は一時停止をして、交差する道路上の安全を確認すべきであるのに、これを怠つたことにより発生したのであるから、被告高生は本件事故によつて生じた人的及び物的損害を賠償すべきである。

(二) 被告冨田昭男(以下「被告昭男」という。)及び被告冨田令子(以下「被告令子」という。)は、被告高生(昭和五一年二月一一日生まれ、本件事故当時一六歳)の父と母である。被告高生は、両親の教育・監護を受けながら高校に通学している者であり、被告車の取得、維持及び保管については、全面的に両親の援助を受けていたものである。したがつて、被告昭男及び被告令子は、被告車の運行を事実上支配することができ、社会通念上その運行により、社会に害悪をもたらすことがないよう、監視・監督すべき立場にあつたということができるから、被告車の運行供用者として、被告高生とともに、本件事故によつて生じた人的損害を賠償すべきである。

被告昭男と被告令子においては、本件事故当時、被告高生は未だ肉体的、精神的成熟度が低く、注意力の欠如がみられたのであるから、被告車の運転についてもこれを放任するのではなく、運転については格別の注意を払うべき監督義務を負つていたものである。ところが、被告高生は、校則に違反し、親の反対を押し切つて、アルバイトをしたり、原動機付自転車、自動二輪車の運転免許を取得しており、バイク仲間も多数いること、被告高生は、生来、自分のやりたいことは親に相談しないで実行する傾向があつたことなどからして、被告昭男及び被告令子は、被告高生の被告車の取得を知つた時点で直ちに、被告高生に対し、その運転に関し適切な指導を与えるべきであつたのに、これを怠つた。もし、右被告両名がこれを怠らず、繰り返し適切な指導を続けていたならば、本件事故の発生を未然に防止することは可能であつた。したがつて、右被告両名は、被告高生に対する保護者としての監督義務違反による不法行為者として、本件事故によつて生じた人的及び物的損害を賠償すべきである。

3  損害

(一) 佳利の逸失利益 四六一六万七九三七円

賃金センサス(平成三年度)男子労働者・学歴計・平均給与額 五三三万六一〇〇円

ライプニツツ係数一七・三〇四(一八・二五五九-〇・九五二三)

生活費控除五〇パーセント

5,336,100円×(18.2559-0.9523)×(1-0.5)=46,167,937円

(二) 慰謝料 二〇〇〇万円

本件事故によつてこれからの有為な人生を奪われた佳利の無念さ、その他諸般の事情を考慮すると、佳利が受けた精神的苦痛を慰謝するには少なくとも二〇〇〇万円が慰謝料として支払われるべきである。

(三) 原告車の破損による損害 五万円

本件事故により原告車は大破した。この損害はその時価に相当する五万円である。

(四) 葬祭費 二〇〇万円

原告らは、佳利の葬儀等に多額の出捐を余儀なくされたが、本件事故による損害としては二〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 三〇〇万円

原告らは、本訴の提起・進行を原告ら訴訟代理人に委任し、その費用として三〇〇万円の支払を約した。

(損害の填補) 三七〇〇万円

原告らは、すでに、被告らから七〇〇万円、自動車損害賠償保障法に基づく保険金として三〇〇〇万円、合計金三七〇〇万円の支払を受けている。

(相続関係)

原告らは、右(一)ないし(三)の賠償請求権を各二分の一の割合で相続し、(四)、(五)の費用については各二分の一の割合で負担し、支払金については各二分の一の割合で受領した。その結果、原告らが被告らに対して有する損害賠償請求権は次のとおりそれぞれ一七一〇万八九六八円である。

(損害合計71,217,937円×1/2)-(支払金合計37,000,000×1/2)=17,108,968円

よつて、原告らは被告らに対し、各自、原告らそれぞれにつき右一七一〇万八九六八円及びこれに対する本件事故の日である平成四年八月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち被告高生が被告車の運行供用車であること、被告昭男と被告令子が被告高生の父と母であること、本件事故当時、被告高生が両親の教育・監護を受けながら高校に通学していたことは認めるが、その余は争う。

後記のとおり、本件事故については佳利の側にも過失があり、本件事故は被告高生の過失のみによつて生じたものではない。

被告車は被告高生が所有し、管理している車両であり、被告昭男及び被告令子はこれについての運行支配・運行利益を有しておらず、その運行供用者ではない。

被告高生は本件事故当時一六歳であり、自らの不法行為について責任能力を有していた。したがつて、被告昭男及び被告令子が当然にこれにつき責任を負うものではない。原告らは、右被告両名が被告高生の保護者としての監督義務を怠つたというのであるが、原告らが右被告両名の過失として主張するところは抽象的・間接的過失(うすい過失)であつて、本件事故との間に相当因果関係のある過失とはいえない。

3  同3の事実のうち、(一)、(三)ないし(五)は不知。(二)の金額は争う。

三  抗弁

佳利は、原告車を運転して、南方の国道一七号線方面から北方の熊谷市問屋町方面に向い、本件事故現場の交差点に進入しようとしたのであるが、交差する道路の見通しが極めて悪いのであるから、交差点の手前で徐行し又は一時停止をして、交差する道路上の安全を確認する義務があるのに、これを怠り、漫然と交差点内に進入したため西方の深谷市方面から東方の行田市方面に向つて進行してきた被告車と衝突したのである。原告車の進行道路については時速三〇キロメートルの速度規制がされているのに、佳利は時速約四〇キロメートルを出していたこと、被告車の進行道路については一時停止、速度規制等の規制がされていなかつたこと、被告車の進行道路のほうが原告車の進行道路よりも幅員が広かつたこと、本件交差点においては、被告車は原告車に対して左側からの進入となることなどを併せ考えると、本件事故についての佳利と被告高生の過失割合は前者の六に対し後者の四とするのが相当である。したがつて、損害額を算定するうえでは、これを斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

過失相殺の主張は争う。

被告車の進行道路と原告車の進行道路とはその幅員において三〇センチメートルの差異しかなく、本件事故現場の交差点は同じ幅員の道路の交差点とみることができる。被告車の進行道路は未舗装であつたのが舗装されたことにより、交通量が増加した。そのうえ、見通しの困難なことから、出合頭の衝突事故を防ぐため、公安委員会による一時停止規制が必要とされ、暫定的に道路管理者である熊谷市において交差点の手前に「止まれ」の看板を置き、停止線も設けていた。そして、本件事故後の平成四年一一月五日には公安委員会により一時停止標識が設置された。事故後の被告車のスピードメーターは時速約六〇キロメートルを示していた。これに原告市川章次が事故後被告高生に質したことを合わせると、本件事故当時、被告車は時速七〇ないし八〇キロメートルの速度を出していたと考えられる。

以上の点からすると、本件事故は、専ら被告高生の過失によつて惹起されたというべきである。

第三証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない乙第一号証の九ないし一四、一九、二九、被告高生の本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、JR高崎線熊谷駅北口から南東へ約三キロメートルの地点に位置し、国道一七号線から北東へ約二〇〇メートル入つたJR上越新幹線高架下の十字路交差点である。

2  事故現場においては、西方の深谷市方面から東方の行田市方面へ至る道路と南方の国道一四号線方面から北方の熊谷市問屋町方面へ至る道路が交差しており、前者の道路の幅員は四・三メートル、後者の道路の幅員は四・〇メートルであつて、その間にほとんど差はない。

3  前者の道路には交通規制はされていないが、被告車の進行方向から見て、交差点の手前には白線が引かれ、路面に「止まれ」の表示がされているほか、道路の左右に「止まれ」と記した看板が設置されている。この道路はJR上越新幹線の高架下をこれに沿つて走つており、交差点の手前右側には右高架の橋脚等があるため見通しが悪い。後者の道路には指定速度三〇キロメートルの規制があり、原告車の進行方向からすると、右高架下を通つて交差点に進入することとなるため、交差点の手前においては、左右にその橋脚等があつて、見通しは不良である。

4  被告高生は、友人を同乗させて被告車を運転し、交差点に差しかかつた際、一時停止をしないで、そのまま交差点に進入しようとし、進入の直前で原告車を発見したが、避けることができず、被告車の前部を原告車の左側部に衝突させた。衝突地点は交差点内の北東角付近であり、事故後の被告車のスピードメーターは時速五七キロメートルを示していた。

以上の事実が認められる。

右認定のような事故現場の状況からすれば、原告車、被告車のいずれの進行方向から交差点に進入する場合においても、その運転者は、交差点の手前で徐行するか、一時停止をして、交差する道路上の安全を確認すべきであり、本件事故は原告車の運転者である佳利と被告車の運転者である被告高生のいずれもがこれを怠つたために生じたことは明らかである。そして、被告車の進行道路には右認定のとおり幾重にも一時停止を命ずる表示がされているのに被告高生がこれを全く無視してしまつたこと、被告車の速度は時速五七キロメートルを超えていたとみられること、僅かの時間とはいえ、交差点に進入したのは原告車の方が早かつたとみられることなどを併せ考えると、被告高生と佳利のそれぞれの過失割合は前者の六に対し後者の四とみるのが相当である。

したがつて、被告高生は、右自らの過失の限度において本件事故によつて生じた人的及び物的損害を賠償すべきであり、被告高生が被告車の通行供用者であることは当事者間に争いがないので、被告高生はこの点においても右損害のうち人的損害の賠償責任を免れない。

三  次に、被告昭男及び被告令子の責任について検討するのに、原告らは、被告車については右被告両名も運行利益・運行支配を有していると主張するが、被告らの各本人尋問の結果によれば、被告車は、被告高生が母方の叔父から不用となつた中古車を無償でもらい受けたものであり、被告高生は、日ごろ、これを乗り回して運転を楽しんでいたことが認められ、ほかに、両親である被告昭男及び被告令子が被告車について運行利益・運行支配を有していたと認めるに足りる証拠はない。

そこで、右被告両名の監護義務違反の点についてみるのに、前示乙第一号証の一三、成立に争いのない乙第一号証の一六、原告市川章次、被告らの各本人尋問の結果によれば、被告高生が通学する高校では原動機付自転車、自動二輪車等の運転免許を取得することを禁止しており、学校の許可なくしてアルバイトをすることも禁じていたこと、しかし、被告高生のこれらの車両への興味・関心は極めて高く、被告高生は、これを買う資金欲しさに、学校の正規の許可を得ないでアルバイトしていたこと、運転免許を取得することについては被告昭男及び被告令子も反対したが、被告高生は、これを押し切つて取得し、平成四年八月一一日運転免許(中型)の交付を受けたこと、本件事故は右運転免許証の交付後、二〇日もしないうちに起こつており、このとき被告車には運転者である被告高生のほか、友人が同乗し、法律上禁止されている二人乗りをしていたこと、被告高生が被告車を取得したのは運転免許証の交付を受ける二、三日前のことであり、その後、被告車は被告ら方の庭先に置かれ、被告高生はバイク仲間に加わつてこれを乗り回し運転を楽しんでいたこと、被告昭男及び被告令子は被告高生が自動二輪車を運転するこには反対であつたが、特別の問題行動が見られたわけでもなかつたので、これを中止させるとか、厳しい注意を与えるとかの措置はとらなかつたことが認められる。

被告高生は本件事故当時一六歳(高校二年生)であり、すでに自らの責任判断によつて他人に迷惑をかけることのないよう行動する精神能力を備えていたということができるが、なお未成年者として心身の発展途上にあり、その精神能力は必ずしも十分なものとはいえない。特に、自動二輪車のように、その取扱いの如何によつては他人を死傷する可能性のある乗り物を入手し使用するについては、その養育監護に当る両親には厳重な監督義務が課せられるというべきである。これを本件についてみるのに、前認定の事実によれば、被告昭男及び被告令子には、被告高生が校則に違反し、親の反対を押し切つてまで運転免許を取得したうえ、親に無断で被告車を入手し、運転しようとしているのに、これを中止させるとか、繰り返し交通事故の恐ろしさや安全運転の重要性を説いて厳重な注意を促すなどの指導教育上の措置をとつた形跡はみられない。そのため被告高生は極めて規範意識の乏しい状態で、興味に引かれるまま、被告車を乗り回し、このことが見通しの悪い交差点で一時停止・安全確認を怠るという基本的な注意義務を怠り、本件事故を引き起こす原因となつたことは否定できないところであり、仮に被告昭男及び被告令子において右のような措置を取つていたとすれば、本件事故の発生を回避することは可能であつたということができる。したがつて、右被告両名は、被告高生に対する監護・教育義務違反の不法行為により本件事故によつて生じた損害を賠償すべきである。

四  そこで損害について検討する。

1  佳利の逸失利益

収入金額を労働省発行・賃金センサス(平成三年度版)男子労働者、旧中・新高卒・産業計・企業規模計の平均給与額五〇四万八九〇〇円、就労可能年数を一八歳から六四歳までの四六年間、生活費控除額を収入の四〇パーセントとし、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、右就労期間中に得られる本件事故当時の現在価額を算定すると、次のとおり、その金額は五二四一万八四八七円である。

5,048,900×ライプニツツ係数(18.2559-0.9523)×(1-0.4)=52,418,487

2  慰謝料

佳利の本件事故当時の年齢、本件事故の態様、その他審理に顕れた諸般の事情に照らすと佳利が本件事故によつて被つた精神的苦痛に対する慰謝料は一八〇〇万円とするのが相当である。

3  葬祭費

佳利の本件事故当時の年齢、その他審理に顕れた諸般の事情に照らすと、佳利の葬儀等に要した費用のうち本件事故と相当因果関係にある損害は一二〇万円とするのが相当である。

(原告車の破損による損害)

本件事故により原告車が大破し、使用に耐えなくなつたことは前示乙第一号証の九並びに弁論の全趣旨によつて明らかであるが、これによる損害額を明らかにするに足りる証拠はない。

(過失相殺)

以上1ないし3の損害は合計七一六一万八四八七円であるが、本件事故については佳利にも過失があることは前述のとおりであるから、前述の過失割合に従いその四割を減ずると、残額は四二九七万一〇九二円である。

(損害の填補)

原告らが自動車損害賠償保障法に基づく保険金として三〇〇〇万円の給付と被告らから七〇〇万円の支払を受けたことは弁論の全趣旨に照らして明らかであるがら右損害からこれを差し引くと、残額は五九七万一〇九二円である。

(相続)

原告らが右損害賠償請求権を二分の一の割合で相続により承継したことは弁論の全趣旨により明らかであるから、それぞれの原告が承継した損害賠償請求権の金額は二九八万五五四六円である。

4  弁護士費用

本件事故の態様、請求の認容額及び審理の経過等、諸般の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は本件事故当時の現在価額で、それぞれの原告につき三〇万円とするのが相当である。

以上の損害は、それぞれの原告につき三二八万五五四六円であるから、被告らは各自原告に対し右三二八万五五四六円及びこれに対する本件事故の日である平成四年八月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

五  よつて、原告らの本訴請求は右説示の限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚一郎)

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